フェンウェイパークの奇跡 | 第64話

2023年1月19日

いよいよスターティングメンバーの紹介が始められた。

 

レッドソックスたちは、ベンチの中から威勢よく飛び出し

 

守備位置に向かって軽快に走りだした。

 

いつもなら

 

「今年も頼んだぞ。」

 

「連覇に向かって頑張れ。」など 期待を込めた大歓声に包まれるはずなのだが、

 

今年に限って言えば、

 

忍者との電撃契約がレッドソックスにもたらした連覇への確かなる期待が、

 

盛り上がるだけ盛り上がっての、突然の忍者の欠場という大波乱。

 

今、FWPは、世界中のレ軍ファンの期待を詰め込むだけ詰め込み、

 

膨らむだけ膨らんだ風船が、一瞬にして跡型もなく破裂したような、

 

なんとも やり場のない、重苦しい雰囲気に支配されている。

 

しかし、レ軍ファンは、まだ諦めてはいない。

 

「忍者である以上、小説や映画で見るように、いつの間にか

 

風のようにベンチの端に 座っているかもしれない」

 

と淡い期待だけは捨てていなかった。」。

 

1回の表

 

突然、FWPは大きな歓声に包まれた。

 

その大歓声も どこ吹く風といった風情で、

 

一人の男が おぼつかない足取りでマウンドに向かう。

 

男はミラー捕手からボールを受けとると、セットポジションから投球練習を始めた

 

ほとんど顔の高さで、セットしたボールを

 

まるでキャッチボールをしているようにしか見えない投球ホームから

 

大儀そうに捕手に投じる。

 

投手の手を離れたボールは気まぐれにゆらゆら揺れながら

 

ミラーのミットに吸い込まれた。

 

“ 見事なナックルボールだ ! "

 

ナックルボールは投げている本人すら どう変化するか分からないという。

 

初めてナックルボールを見た者は 誰しもがこう思うだろう。

 

「座って投げてるキャッチャーの返球のほうが速いじゃないか!」

 

「これで本当に大丈夫なんだろうか?」

 

「それにしても遅い球だ!」

 

数ある変化球のうち、ナックルボールほど謎めいたものはないだろう。